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丘と谷津の硲に憩う

あちこちほっついて身に覚えたことをしたためようと

歩いて1年たちました

日記

東日本大震災から一周年。もう1年たつのですね。
私は、幸いにして誰かを亡くすといったことは無かったです。本当に偶然でした。
でも、帰宅難民を強いられるという目に遭うという体験をしました。この体験は、今後来るべき首都直下地震に絶対活かさなきゃダメだと個人的に思います。

振り返る

仕事中、トイレから自席に戻る最中だった。俄かに揺れ始めた。壁掛け時計は落ち、デスクトップPCの本体はおろかディスプレイまで倒れ始めた。
並みの地震じゃないとわななく間に周りは建物から出る素振り。慌てて同調して階段を駆け下りた。そのまま業務停止とて、荷物をいったん取りに戻り、帰宅を始めた。
その時は大変になるも思わなかった。


第一報は824PワンセグNHKを見ていたんだけど、さて映像がさっぱり分からない。ディスプレイが小さいからなんの映像だ?と訝りながらNHK総合テレビを聞いていた。
後で釜石に寄せる津波の映像だとは後日知る。
首都圏の様子はなかなかテレビでは手に入らなかったので、Twitterで情報収集を始めた。この辺は、日頃鉄道運行状況を収集する感覚で始めた。
ワンセグは電池を消耗する割りにケータイだと字が潰れてあまり映像での情報収集は期待できなかった。EZ・FMのあるA5522SAから無いK006に機種変更したばかりだったから、FMが無いことを悔やんだ覚えがある。
あと、Twitterってほんと嬉しい。日頃は駄弁をスルーしてくるけど、弱音吐いたらきちんと拾ってくれるフォロワーさんに感謝だよ。



上野に着いたらこんな状態。まるで渋谷か新宿みたいな雑踏。これは運転見合わせしてんだな……と察した。

正面口から中央改札へ入ってみると、電光掲示板を眺める黒山。


不安の中歩き始めて、初めてぞわっとしたのがこの案内。

地上への避難お願いします。

もう既にワンセグ地震津波の状況を聞いていたけど、危険な様子が眼前に迫っているということをはっきり認識させられた案内だった。



浅草を抜けて花川戸に着けば、浅草駅も黒山の人だかり。



……と、ここまでは「そりゃそうですね」という感じだった。じゃあどうするべと思いながら、

言問橋まで至る。この辺りまでに、


柏の文字を見かけ、柏までの距離を測定。所要時間も測定。
およそ30km。およそ4時間超。
なんとかなりそうだ。
……この判断をしてからが辛かった。いや、危なかった。


隅田川を越えてから低層のビルとかが増えてきた。墨田区は狭い路地が多く建物倒壊危険度も高い。

余震で何かが落ちてくるかもしれず、今思えば偶然だったと思う。「むやみに外を出回ると危険」というのを後々から実感した。
……といっても、勤務先のビルにもヒビが入ったから、政府の「オフィスに留まること」はどうにもこうにも従えなかった。一応都内の話です、一応。


同じくそのとき考えていなかったことは、疲労。
疲れてくると足がおぼつかなくなってくるし、意識も下がってくる。けつまづいて転んだりしたらそこから動けなくなってしまう。
ちょっと危険だと思い始めた。

↑四つ木橋を歩く難民


それでも歩いたのは何故か。

  1. 頼れる乗り物が無い
  2. 情報が入らない

の2点。

頼れる乗り物が無い

電車は動かない。では、車は……?

混んでる。タクシーを拾うことも、誰かに拾ってもらうこともできない。
この渋滞は予想以上にひどかった。四つ木橋辺りからひどいなと感じてきたけど、

白鳥から金町にかけてずっと渋滞。

国交省が自制を呼びかけるほどだ。結局、この渋滞は江戸川を越えて、流山市名都借辺りまで続いたように思う。

情報が入らない

どのタイミングだったかは忘れたけど、私のスマートフォンアドエスは早々に電池を使い切った。そうなると、電話・メール専用機のK006しか無い。
メールでTwilを使ってTwitter上の情報は収集していたが、思うように情報が集められなかった。タイムラインは拾えてもタイムラインにあるリンク先は開けなかったから(当時)。
そんなわけで、「都立高校で云々」「**で云々」というのがラジオから流れてきたりTwitterで流れてきたりしたけど、じゃあその都立高校ってどこだよって話になった。
交番……と思ったが、交番の場所が分からない。街区表示板街区表示板はどこにある?たまに見つけた交番は夜になっても黒山の人だかり。交番を見つけても警官に会えるまでが遠い。
そんなわけで、他に選択肢が無い状況と判断して歩き続けた。


そんなわけで、矢切で停車したまま放置された電車を眺めたり、

二ツ木のマクドナルドで足を労わったりし、疲労困憊の体となって午前4時半に帰宅。

次に備えて

偶然だった。幸いだった。無事に帰れたのはそう思う。
家族の無事は、数時間後に繋がったケータイで知れた。無理をして帰ることはなかったと思う。
無理をしない。それが無事に済ませる方法だったと今からは思う。


無理をせずに行うにはどうすればよいか。いざ目の前に危険が迫ったら無理をしてでも逃げる必要は出ると思う。
でも、事前に準備しとけば何かしら違ったんじゃないかな、とも思う。
都立高校の場所を頭に入れておく?そういうことも思ったけど、いざその状況になったら役立つか分からない。
でも何かヒントがあるかも。そんなわけで、次があったときに役立てるように備忘としてしたためてみた。